[適用例2 :地ビール会社の創業]
●地ビール会社の創業時のモデル
●モデルのチューニング
創業計画から1年が経過した地ビール会社が、1年間を振り返って戦略を見直し、新年度の事業計画を戦略シミュレーションを使って決めようとしています。
1999年4月、地ビール会社が操業を始めました。操業に先立ち村木社長はビジネスプロセスモデルを構築して、PC上で仮想経営を繰り返し事業戦略を練り上げました。自信を持って臨んだ操業開始でした。
村木社長はビジネスプロセスモデルを作成する前に、日本語でビジネスのプロセスを整理しました。言葉によるモデル:Verbal Model です。それははこんなものでした。 ビールの醸造は一つの工場で実施し、販売は自店舗と販売契約したレストランなどの6店舗の合計7店舗で行う。工場の醸造プラントは2ラインで、エール・タイプのビールであるから、醸造サイクルは14日である。需要は年間平均して1日当り1000本を期待している。既存の地ビール会社の情報によると需要の標準偏差は10%程度とのことである。
村木社長はこのVerbal Model
を基にビジネスプロセスモデルを、経営モデルに最適と言われているシステムダイナミックスツールのPowersim
Constructor
を使って構築した。初年度だから経営実績がないので、構築したモデルを実績と比較して検証することができない。不安があったが、ビジネス・プロセスを構成する様々な要素の因果関係は丁寧に確認していたし、市場調査結果や既に操業している競合会社の情報も参考にしたので、それなりの自信を持っていた。
2年目は実績データでビジネスプロセスモデルのチューニングと検証ができたので、1年目の分析結果を十分考慮して2年目の経営方針に反映させたいと考えた。村木社長が、Powersim Solver を活用して戦略シミュレーションを実施し立案した2年目の戦略をこれから眺めてみることにする。
創業時のビジネスプロセスモデルの一部が以下である。
上端へ・
横軸に4月1日からの経過日数をとって、1年間の累積売上(左上)、累積費用(右上)、累積利益(左下)、年間の清算推移(右下)を図示しています。いずれも当初の期待を大幅に下回っています。ビールは季節商品ですから変動が大きく、毎日1000本の売上は無理だったようです。
創業時に作成したビジネスプロセスモデルは実績による検証を実施していませんので、村木社長は今年度の業績分析に入る前に、年間を通して記録してきた実績を使ってまずモデルのチューニングと検証とをしたいと考えました。年間の実績はExcelの一覧表にまとめてあります。
さて、村木社長は下図のようなビール需要を予想していました。それで、夏場のピーク時前にTVスポットを打って更に売上を増やそうと考えていたのです。どうも、需要平均をはじめこの予測は大きく外れたようです。
需要予測以外にも創業時には曖昧な情報もありました。創業時に想定してビジネスプロセスモデルの中でも設定した変数は次の通りです。
曖昧さの程度で変数を区分けします。
(1)曖昧な変数 :
(2)自分で決定した変数 :
3種類の分類の中で、(1)は結果的に決ってくる変数で、前もって行うマーケティングによっても得られるのですが精度はかなり怪しいものです。そこで、年間の実績表で毎日のビールの売上本数が記録されていますので、(1)の変数は未知数としてビジネスプロセスモデルのシミュレーションを実施し、毎日の販売本数と在庫本数、周期的な生産本数、累積の保管費・運送費・製造費・売上が、実績一覧表の経過と極力近づくように上記(1)の曖昧な変数を決定します。ランダム技法による最適化法を使って計算している Powersim Solver のチューニング機能を利用します。最終解に到達する様子をPC上で眺めながら実施できます。例えば、ビールの累積販売額の初めの様子と最終的な結果とは次の通りです。最終的にはシミュレーション結果が実績に良く近づいていることが分ります。
こんなチューニングにより、曖昧な5つの変数は以下のように求まりました。村木社長はこの値をそのまま2年目の戦略シミュレーションを実施するモデルで使用することにしました。
期待 結果
年度当初の「期待」に対して、5つの項目はいずれも期待外れだったようです。これが、先に示した年間の売上、利益に悪影響を及ぼしたことは言うまでもありません。 さて、新年度の事業方針を村木社長は決めました。平均して1店舗の毎日の売上が100本程度のようですし、現状の設備で1000本の生産は可能ですから、初年度に目標とした7千万円の粗利を上げるために、さらに3店舗との新規契約を結び合計10店舗でビールを販売することにしました。その他4つの曖昧な変数は初年度の実績値を使って事業方針を検討します。
村木社長は、工場と店舗の在庫備え日数を2日間と平均的な値に設定したことを疑問に感じていました。それについては、営業・販売担当が品切れを恐れて現状の備え日数の維持を強行に主張していましたのでそのままにしていましたが、工場在庫のだぶつき気味な問題を2年目には解決したいと思っていました。
また、工場の醸造のタイミング7日周期に同期させて、ビールを店舗に配達していましたが、ビールを貯蔵タンクに保管する間は新鮮さが失われませんから、できるだけ頻繁に配達して新鮮なビールで顧客を満足させたいと思っていました。ただ、配達は外注ですから配達費用が必要になりますので、新鮮さによる販売増加からの利益と配達費増加とのバランスの問題になるだろうと思っていました。
そこで、Powersim Solver
の最適化機能を使って、年間の累積利益が最大になるように、店舗と工場の在庫備え日数と配送頻度とを決定した。最適化にはランダム技法を採用しています。
店舗在庫備え日数 = 2.1日
今回、村木社長は在庫最少でも品切れ最少でもなく、累積利益最大を評価指標にしていますから、累積利益を最適化の対象に選択しました。最適化の対象として在庫最少と品切れ最少を選択し、それぞれにウェートをかけてその塩梅により最適問題を解くことも可能です。ただ、経営の視点からは在庫最少とか品切れ最少を評価指標にするのでなく、その結果おこる数値で定量的に判断できる財務的結果のほうが評価指標として適していると村木社長は考えています。
得られた条件を入力して新年度のモデルでシミュレーション(2:緑線)すると、店舗と工場の在庫備え日数をそれぞれ2日、配送頻度を7日毎とした場合(1:赤線)に比べて、20%以上の利益が期待できるようですが、目標の7千万円には届きません。
配置:1年間の累積売上(左上)、累積費用(右上)、累積利益(左下)、年間の清算推移(右下)
1年目に村木社長が最も当惑したのはビール原材料の価格変動です。主な材料は、麦芽、ホップ、酵母ですが、この値段がビール1本当り180円から250円の幅で変動します。農作物ですから仕方ないのかもしれませんが、大幅な変動は利益への影響が大きいのです。それは最も頻度の高い価格が200円の三角形分布をしているようです。 このような価格分布の場合に、最終的な累積利益にどんな影響が出るか村木社長は確率分布計算をすることにしました。Powersim Solver にはリスク分析の機能があります。そこにこの原材料の変動を定義して累積利益の変動の可能性を計算しました。
在庫備え日数と配送頻度は最適化の結果を使っています。この結果によると、原材料費の変動の影響は非常に大きく、累積利益は4.5千万から6.8千万の間に振れるようです。新年度は材料の安定した購入のために対策を立てることにしました。
ところで、確率計算にはモンテカルロ法を用いることが多いようですが、Powersim Solver では計算が速いラティン・スーパー・キューブ法を用いています。分布形状も三角形分布だけでなく5種類の分布形状が準備されています。
今年は契約店舗も3店増やしましたし、毎日の平均販売本数も1000本にして、年間の累積利益を7千万上げる事が目標です。可能でしょうか。 原材料の変動の影響を調べた段階で、このままでは不可能なことが分っています。そこで、最後の重要な要素であるビールの価格を変更してでも村木社長は目標を達成したいと考えています。原材料の変動がそのまま存在したとして、ビールの価格を幾らに変更したら、確率90%で目標を達成する事ができるでしょうか。
村木社長はPowersim Solver のリスクを前提とした最適値を求める機能を使って、目標達成の可能性を調べることにしました。
その結果、 ビールの価格を600円に値上げすれば、
配置:1年間の累積売上(左上)、累積費用(右上)、累積利益(左下)、年間の清算推移(右下) 1赤線:初期状態 2緑線:最適化(500円) 3青線:リスク前提最適化(600円)
配置:累積工場在庫(左上)、累積店舗在庫(右上)、累積工場品切れ(左下)、累積店舗品切れ(右下) 1赤線:初期状態 2緑線:最適化(500円) 3青線:リスク前提最適化(600円)
結局、90%の確率では無理でした。少し低い80%ですが一応目標達成の可能性が高いので、求めた条件で今年度の事業を進める事にしました。決定した内容は次の通りです。
村木社長は、このように実績を分析して事業戦略を可能性高く論理的に決定できたのは、仮想経営であるシミュレーションを実施するためにPowersim Constructor でビジネスプロセスモデルを構築できたことと、Powersim Solver によりモデルのチューニング、最適化、リスク分析、リスクを前提にしての最適化などを自分のPC上で容易に実行できたからだと思っています。 昨年は実績がなかったのでモデルの信頼性に少し自信がなかったのですが。しかし、今年からはその問題も解決したので、最長でも四半期毎にはビジネスプロセスモデルのシミュレーション結果と実績とを比較しながら経営状況を分析しタイミング良く経営の軌道を修正するつもりです。
それにしても、一昨年創業計画中の慌しい時期に、「ビジネスモデルの設計のためのパワーしムツールの講習会」を受講していて良かったと、2日間のハードなトレーニングを懐かしく思い出したのでした。
さて、この物語は地ビール会社を例にしていますが、お分りいただいているように極一般的な企業の経営問題へ「仮想経営」の適用を提案しています。仮想経営とは大げさな表現ですが、工業/工学系では古くから実施されている実用的な方法です。ここで取り上げているシステムダイナミックスは自動制御理論を社会システムに適用したものですから、この理論に関連して眺めて見ても、航空機産業、造船産業、原子力産業など多くの工業分野で、計画・設計用のシミュレーター、訓練用のマン・マシン系のシミュレーターなど、仮想空間でこの理論が幅広く活用/応用されている事例に気付きます。
経営システムへの適用として、2000年第3四半期にSAP社がSEM(戦略的企業経営)にPowersim社のシステムダイナミックスツールによるモデリングとシミュレーション機能を組み込みました。企業の日常運営を実践するシステムであるERP部分と、データウェアハウスを介して、この戦略的立案部分(SEM)が結び付けられたわけです。
ただし、地ビール会社の物語でもお話しましたように、これはERPの組み込まれた企業にのみ関係する話では決してありません。上の図でもお分りいただけるように、全社戦略・事業戦略を立案し成功に導かなければならない、大企業、中小企業、そしてそれを構成する事業部のどこにでも求められている経営者グループが備えておかねばならない必携の経営戦略関連ツールなのです。
このページをお読みいただいた皆様が、「仮想経営の世界」(Business in Virtual World)を有効に活用しょうと決断されるきっかけになれば幸いです。
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