「成長の限界」


今春、3冊目の「成長の限界」の邦訳が出版された。既に、読まれた方も多いと思う。
日本ではシステム・ダイナミックスが適用されることは多くはないのだが、システム・ダイナミックスに基づく世界モデルであるワールド3を使って材料を揃えた、「成長の限界」は大変良く売れているようである。嫉妬心をかきたてられながら、3冊の「成長の限界」について紹介したいと思う。
著者は、ドネラ・H・メドウズ、デニス・L・メドウズ、ヨンゲル・ランダース他であるが、邦訳は時代を表す方々によってなされ、いずれもダイアモンド社から出版されている。

「成長の限界」,大来佐武郎監訳,1772年5月
「成長の限界 限界を超えて」,茅陽一監訳,1992年12月
「成長の限界 人類の選択」,枝廣淳子訳,2005年3月

1970年当時、深刻な問題となりつつあった、天然資源の枯渇、環境の悪化、急速な人口増加、軍事破壊力の脅威などの人類への危機の接近に対して、回避の道を探索することを目的としてローマ・クラブがスイス法人として設立された。このクラブは民間組織で、25ヶ国、約70名で組織されていたそうである。私たちは当時、「賢人会議」と呼んでいたと思うが、日本からも1冊目の監訳者の大来佐武郎氏を含む6人がメンバーとして招請された。
「成長の限界」は、1970年8月に、ローマ・クラブから第一段階の作業を委嘱されたMITのメドウズ助教授(当時)等の研究グループの研究成果を取りまとめたものである。ただ、出来上がった報告書の草案については、ローマ・クラブで議論し、その内容を最終報告書に反映させると共に、「ローマ・クラブの見解」としてコメントの形で報告書に付加されている。このようなオーソドックスなプロセスが、この報告書を単なる研究発表ではない重々しい価値あるものに位置づけたように思う。

ところで、MITのプロジェクトチームの発足に刺激されて日本でも2冊目の監訳者である茅陽一助教授(当時)を主査とする約10名のチームが編成され、日本の社会システム・モデルの開発が行われ、その結果は、日本のオピニオンリーダーと目される方々を招いて社団法人「科学技術と経済の会」主催のシンポジュウムで発表されている。当時は、産業界あげてのプロジェクトであったことがうかがえる。

MITのメドウズ助教授のグループは、フォレスター教授が設計したシステム・ダイナミックスに基づくワールド・モデルを原型としてワールド3を開発して用い、加速度的な工業化、天然資源の枯渇、環境の悪化、急速な人口増加、広範に広がる栄養不足の相互に関連した傾向を100年先の将来にまで分析して、人口と産業の成長予測を示した。

次の3つの結論をもって、今のまま世界人口が増大し続けたらどうなるのか、世界経済が現在のペースで成長し続けた場合、環境にはどのような影響がもたらされるのか、地球の物理的限界の範囲内に収めながら、全ての人を十分に満たすような経済を確保するにはどうすればいいのか、といった問題を提起している。

(1)世界人口、工業化、汚染、食糧生産、および資源の使用の現在の成長率が不変のまま続くならば、来るべき100年以内に地球上の成長は限界点に到達するであろう。最も起こる見込みの強い結末は人口と工業力のかなり突然の、制御不能な減少であろう。
(2)こうした成長の趨勢を変更し、将来長期にわたって持続可能な生態学的ならびに経済的な安定性を打ち立てることは可能である。この全体的な均衡状態は、地球上の全ての人の基本的な物質的必要が満たされ、全ての人が個人としての人間的な能力を実現する平等な機会を持つように設計しうるであろう。
(3)もし世界中の人々が第一の結末でなくて第二の結末に至るために努力することを決意するならば、その達成のための行動を開始するのが早ければ早いほど、それに成功する機会は大きいであろう。

なお、最初の「成長の限界」は後の2冊に比べて、モデルの構造について多くが説明されているので、モデルの構造を参照したい人は、最初の本を読まれると良いだろう。

2冊目の「成長の限界 限界を超えて」は、最初の本から20年経った1992年に出版された。この本はローマ・クラブの研究委嘱により著者が長期的な未来展望に関心を持ち、その研究に取り組んでいく姿勢を喚起された結果として、多くの各種の支援を受けて、独自に研究された結果を取りまとめたものである。この本は、「成長の限界」から20年経った時点で、地球の限界はさらに近づいたのか、あるいは遠ざかったのかを検証する目的で書かれている。

20年前には原料やエネルギーなどの物理的な限界が訪れるのは数十年後だと結論していたが、20年間の新たなデータを集め考察した結果、技術改良や環境意識の高揚、環境政策の強化などが見られるにもかかわらず、多くの資源や汚染のフローが、持続可能な限界を既に超えてしまっていることに気づいた。ワールド3による分析作業の結果、希望的な未来への可能性は残されているとの結論を得たが、最初の「成長の限界」の3つの結論を以下のように補強する必要があると述べている。

(1)人間が必要不可欠な資源を消費し、汚染物質を算出する速さは、多くの場合にすでに物理的に持続可能な速度を超えてしまった。物質およびエネルギーのフローを大幅に削減しない限り、一人当たりの食料生産量、およびエネルギー消費量、工業生産量は、何十年か後にはもはや制御できないようなかたちで減少するだろう。
(2)しかし、こうした減少も避けられないわけではない。ただし、そのためには二つの変化が要求される。まず、物質の消費や人口を増大させるような政策や慣行を広範にわたって改めること。次に、原料やエネルギーの利用効率を速やかに、かつ大幅に改善することである。
(3)持続可能な社会は、技術的にも経済的にもまだ実現可能である。持続可能な社会は、絶えず拡大することによって種々の問題を解決しようとする社会よりも、はるかに望ましい社会かもしれない。持続可能な社会へ移行するためには、長期目標と短期目標のバランスを慎重にとる必要がある。また、産出量の多少よりも、十分さや公正さ、生活の質などを重視しなければならない。それには、生産性や技術以上のもの、つまり成熟、憐れみの心、智慧と言った要素が要求されるだろう。

ただ、この本はモデルによる科学的な考察は影を潜め、持続可能な社会を実現するには成長ではなく発展を求め、そのためには単なる技術開発ではなく、産業構造システムの構造改革が必要だと述べており、ある種の思想書の色彩が濃くなっているように感じるのは私だけであろうか。

1冊目と2冊目は、ローマ・クラブの活動に直接関係した人達によって監訳されているが、3冊目は環境ジャーナリストの枝廣淳子氏によって翻訳されている。枝廣氏は著者のメドウズ教授達が立ち上げ、システム思考のアプローチをベースとして活動しているバラトン・グループを通じて、3冊目を翻訳することになったそうである。訳者あとがきによると、枝廣氏は今やシステム思考に傾注していて、システム思考が日本でも問題解決に広く使われるようになるために、セミナーやワークショップなどの開催を考えているそうである。

さて、2冊目が出版された後およそ10年間のデータを補って、この30年の間の人間と地球との関係の変化、現在の地球の状態、そしてその下でどうすれば崩壊に向かわず、持続可能な社会に移行できるのかを訴える目的で書かれたのが3冊目の「成長の限界 人類の選択」である。

1冊目は地球規模の分析に焦点が当てられていたわけだが、2冊目では予想よりはるかに短い期間に、地球の物理的限界を既に超えてしまっていることを示し、対応は早ければ早いほうが良いことを訴えた。3冊目では2冊目で指摘した限界を超えたことが多くのデータで立証されたことを示し、幾何級数的な成長で限界を超えてしまうと、対応してもその効果が十分に現れずそのまま崩壊につながる場合と、効果が現れて崩壊に至らず持続可能な状態を維持できる限界値に再び戻る場合があることをのべ、まだ間に合うから持続可能な社会を目指そうと再び訴えている。

この説明のために、世界が必要とする穀物、飼料、木材、魚などの資源を提供し、二酸化炭素の排出を吸収するために必要な土地の面積をエコロジカル・フットプリントと定義し、その量は人間が利用できる土地の面積を既に20%も超えていることを示している。
この新しい指標には興味が持てるが、20%という数値の根拠と信頼性については詳しくは分からない。

私の感想だが、いずれにせよ、3冊目の内容については、エコロジカル・フットプリントの概念以外には、目新しさを感じなかった。著者自身も、3冊目はこれまでの2冊の本と同じことを伝えるのだが、より分かり易いかたちで、1冊目の主張を再度強調すると述べ、執筆の理由を次のように補っている。

(1)人間は行き過ぎてしまっていること、そして、その結果生じる被害や苦しみは、賢明な政策によって大きく減らせることを強調すること。
(2)政治の世界では「21世紀に向かって人類は正しい方向に向かっている」と広言されているが、その主張と相反するデータや分析を提供すること。
(3)世界の人々に、自分たちの行動や選択が長期的にどのような結果をもたらすかを考え、行き過ぎのもたらすダメージを減らす行動を政治的に支持するよう、呼びかけること。
(4)新しい世代の読者や学生、研究者たちに、ワールド3のコンピュータ・モデルに注目してもらうこと。
(5)成長の長期的な原因や結果について、1972年以来どのように理解が進んできたかを示すこと。

前にも述べたが、シリーズが進むにつれて、「成長の限界」は、科学的な地球社会(世界)の分析という視点から、持続可能な地球を目指すことを先導する思想書の趣が強くなってきている。モデルによるシミュレーションは、検証を伴って初めて量的な信頼性が保証されるのであるが、地球規模のモデルでは検証が困難なために、結果が単位付の数値で示されていても、それをそのまま信頼することはできないだろう。

エコ・ネットワーキングの会では、著者であるデニス・メドウズ氏を招き、今月下旬に講演会を開催し、そこでは枝廣淳子氏との対談も予定されている。興味ある方は参加されてはいかがだろうか。
http://www.japanfs.org/eco-network/

最後に、3冊全ての著者の一人であるヨンゲル・ランダース氏はノルウェー人である。システム・ダイナミックス・ツールの多くがアメリカで開発されているが、Ps Studio を開発・販売しているPowersim社はノルウェーの会社である。北欧の人たちは、「システム思考」に馴染みが深いのであろうか。
                                             
                              2005年7月13日  POSY社  松本憲洋